遠くに、近くに Vol.2 29/6/2000
夏の夜の新宿駅の構内で、不思議な音楽を耳にした。大勢の人達が叫んでいるような、歌っているような声と、祭りの連鼓を叩くような音。大きくなったり、小さくなったり、波のようにうねりながら聞こえてくる。誘われるままにその音へ向かって歩いていくと、20人程のインド系の人達が、プラカードを持って、顔を真っ赤にしながら歌っていた。そこには、『バングラデシュで起こった洪水のために、私達の家族、友人達が苦しんでいます。募金をお願いします 』 小さく声を落としたかとおもうと、叫ぶように大きく、20人がピッタリと声を合わせて、歌っていた。 エスニックな音楽、というのは当時も流行っていたけれど、こんなに胸の奥にゾクッとするほど響いてきた音は、聞いたことがなかった。 暫くその場にいて、少しばかりの募金をし、僕は帰路についた。 電車の中で、彼らの歌声を思い出しながら‥‥‥‥モーツァルトやジミ・ヘンドリックスがどんなに天才でも、この音は作れなかっただろうな‥‥‥‥と、僕はふっとそう思った。それぞれの大地に、それぞれの歌や想いがあって、それは決して、個性や、一人の感性だけで補ったり出来るものではないのかもしれない‥‥‥‥。 日本人はどうだろう。僕達は、僕達のこの大地から生まれてくる歌や思いを、今、忘れかけているんじゃないだろうか。無感覚になって、知らないうちに捨ててしまって‥‥‥‥気がついたら何処の国の人間か解らないような、個性があるようで本当は失っている民族、人間になってやしないだろうか。 だけどロックを歌っても、クラッシックを演奏しても、絵を描いても、中国の文字を使っても、英語で書いても、泣いても、笑っても、やはり日本人は日本人。この島が、大陸から切り離されて『一人』になってからずっと育んできたこの島の想い、Soulと、少なくとも僕は繋がっている。 小さな虫の声に季節を感じて、季節の変化の中に、少し首を傾げて太陽を廻るこの星の動きと、大きな宇宙の広がりまで無心に感じてしまうような、とても繊細で、とても大らかで、少し悲しくて、嬉しくなるほど優しい眼差しを持ったこの列島の人達の心のありかた‥‥‥‥ ナショナリズムは嫌いだけれど、自分の国に素直に感じる愛情は大切にしたい。たぶん、あの時歌っていた彼らがそうだったように。 これから先、どんな時代が来るか解らないけれど‥‥‥‥。
藤島 大千
|