遠くに、近くに   Vol.1                                      8/7/1999  
 

 子供の頃、森に出かけるのが好きだった。友達と行くより、一人で行くことの方が多かった。道がない場所では、記憶に残ってる木の形や朽ち木、斜面の形を辿りながら、歩いていった。なにか目当てがあるわけではなかったけれど、空色の甲虫を見つけたり、竜に似た枯れ枝を見つけたり、ひっくり返した朽ち木の裏で、紅い鬼のような雀蜂の顔をみつけたり、時にはあとで誰に聴いても解らないようなものに出会うことさえあった‥‥‥夢だったのかも知れないけど‥‥。森の中は僕だけの宝箱のようで、行く度に、新しい何かを見つけることができた。

 森の中のものを家に持ち帰ってくることもあったけれど、まるで魔法が解けたように色褪せてしまう。例えば竜に似た大きな黒い枝。落ちていたときは顔を振り上げ、今にも空を飛びそうな勢いだったのに、森の中から出したとたん、ただの灰色の木の枝に変わってしまう。
 
  
  例えば、たぶん、永遠とか、真理とか、真実とか、僕は求めていない。心のどこかで求めているのかも知れないけれど、それが1番大切なこととは思えない。 
 例えば、天才とか、芸術家とか、そんなふうに呼ばれる人たちが「異常な人間」に描かれるストーリーを、それが魅力的だとか、すばらしいとか、僕には思えない。
 平凡がすばらしい、と、思う。でも、平凡な人間なんて見たことがない。

 何気ない日常が大切に感じられたなら、人の日常も大切に思えるはず。踏みにじるのはいつも、永遠とか、真実とか、あるいは特別なこととかを叫びながら歩き回る人間達だ。足下の草や花を踏みにじってもまるで無感覚に、自分の声に酔いしれてる。

 

 なんのことはない、ただの灰色の木の枝だった。

 ただ、しばらくたって、祖父が燃やしていた焚き火の中にそれをみつけたとき、枝はまた黒い竜の姿に変わっていた。青と緑と朱色の炎の中で、ぱちん、ぱちんと、尾を叩きながら。
 
 

藤島 大千        

Crab Apple 
 
 

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