野の花

雲肌麻紙に岩絵の具  30号  2005 年
グループ 耕 展

 姫紫苑を持って意気揚揚と家に帰ってきた、六歳になる娘の姿を描きました。

 また、『日本書紀』に記されたある物語も、着想の一つになっています。
 崇神天皇の命を受け、北陸討伐へ向う大彦命(おおびこのみこと)の大軍勢の前に現れた、不思議な少女の話です。原文は簡素なのですが、私流に脚色してご紹介します。


 桂甲をきしませ、大地を揺さぶりながら進軍する大彦命の兵列を横にして、どこから現れたのか、一人の小さな少女が無心に歌を歌っています。兵士達が横目で訝り見ながら、大軍の音に消えいりそうなその声に耳を澄ますと

  ‥‥御間城入彦(みまきいりびこ)はや‥‥己が命を殺せむと‥‥窃まく知らに 姫遊すも‥‥
 (‥御間城入彦は、命を殺めようと覗き見るものがいるのもしらないで、お姫様達と遊んでる‥‥)
 

 御間城入彦とは崇神天皇のことです。
 前方の兵がざわめいているのを感じた大彦命は、兵列を割って自馬を進め、そこに桂甲兵に囲まれながら歌いつづけている少女を見出します。馬からおりた大彦命は少女の前に屈み込み、優しく諌め諭すように尋ねます。

 汝が言は何辭ぞ
 (そなた、何を言っているのか?)

 少女は歌うのをやめ、大彦命を見ます。その顔に、なにかこの世のものならぬ気配を感じ取った大彦命は、少女の肩を捕らえようとした兵の手を留め、下がらせます。
 少女は笑み、

 「しらない。ただうたってるだけ。」

 そう言うと、胡琴の弦の切れるように、忽然と消えてしまいます。

 ことの次第に総毛立つ兵達を横に、大彦命は夢から覚めたような面持ちですっくと立ち上がると、即座に都へとって帰し、崇神帝にこの出来事を伝えます。
 時を同じくして、孝元天皇の皇子であった武植安彦(たけはにやすひこ)の謀反がおこるですが、少女の予言によって準備を万全に整えていた崇神天皇を前に、安彦は瞬く間に蹴散らされてしまいます。

 無心の童に、なにか神宿るような不思議なものを感じるのは、洋の東西や古今を越えた、人の実感だと思います。
 
 無邪気でお転婆の私の娘にも、時折ふと、大彦命の前に現れた不思議な少女のような面影を見るときがあります。 
 

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